コミュニケーション革命による「集団(みんな)」から「個人(わたし)」への変化は個人消費にとどまらない。例えば、資本主義の大前提とも言える「一物一価」の原則。セールのような特別の場合を除いて、同じ製品ならば価格は同じというのが経済の前提条件だ。製品の需要曲線と供給曲線が交わるところが取引の成立する均衡価格である。原則として均衡価格は一つしか存在しない。一人ひとりの需要曲線と供給曲線を描いていったら、何万、何十万という組み合わせが成立し、同じ製品なのに価格が無数に存在するようになる。そんなことになれば、企業は製品を生産できなくなるし、将来の需要予測を立てられず、設備投資も難しくなる。そもそも一人ひとりの均衡価格を計算することは技術的に不可能だった。だが、今ではSNSやビッグデータを駆使すれば、個別の均衡価格を簡単にはじき出せる。ある大手ネット通販会社では、過去の購買データをもとに一人ひとりの異なる販売価格を決めて実施する「お一人様セール」を始めた。市場は不特定多数の消費者を前提にした単一の「みんなのマーケット」から、お一人様のための無数の「わたしのマーケット」へ姿を変えようとしている。